こんにちわ、菅澤です。6回目になります。
今回の内容は、テーマなしです。
私の独り言だと思って気楽に目を通してください。
喉元過ぎれば熱さを忘れる?
私達人間は何と愚かな動物でしょう。
私は昨日何処へいったか? 3食何を食べたか? 誰と何時に会いどんな話をしたか?
等々、思い出す事が困難な事が数多くあります。
時間がたてばたつほどより困難度が増します。
防災、減災とその時は思いますが、すぐ他人事になってしまい自分の事としての考えがなかなか出来ない事が愚かの最たる一つでしょう。
情報の坩堝(るつぼ)
周りを見渡せば情報洪水が溢れ、目、耳、口で情報を得なくても簡単に考える事なくあたかもこれらの情報の洪水が自然であるかのように生活の一部になっています。
本当に怖いことです。
防災情報をレベル化(案)してはみたものを5段階で危険度を表せばわかりやすい半面、3段階や2段階のレベルだと”大したことない”と軽んじてしまいます。
これではいけないと自分に言い聞かせ、どんな小さな事でも“なれない”事にしていくと新しい発見があると思って毎日生きていくようにしています。
格付け
・・・デレル8の説明会等で必ず質問される事があります。
「震度いくつでドアが開かないのですか?」
「何処の建物に付けましたか?」
・・・等々
こういったご質問も、他の情報を基に、レベルの格付けをされたいのだと感じます。
数値は、前述のごとく諸刃の剣です、また工事実績はイメージが優先されてしまい誤解を招きやすいと考えています。
そのため、私の回答は、数値的なことや有名ビルやマンションなどの工事実績が、“優劣”“上下”“大小”などに判断されてしまい、本質的な判断を誤らせる事にならない様に心がけています。
災害(震災)の大、中、小に関係なく私達の毎日の生活の中から情報をきちんととらえ生かす事と“風化させてはいけない心構え”が大切な点は強調させてもらっています。
デレル8は必要か?役に立つのか?
デレル8のコンセプトは、防災、減災の補助機能としての働きをする事が目的です。
特に、お年寄りや、女性や小さいお子さんなどの文字通りの弱者や被災者に役立つ製品である事を忘れないようにしています。
平時においてデレル8が必要か不必要か、役に立つのか立たないのかの議論は、正直ナンセンスかもしれません。
平時には、まず不要ですし、ほとんど、なんの役にも立たないですから。
弱者や被災者の方が、そのとき「(デレル8が)あって良かった」と思ってもらうまでは、ひっそりとドアの上で自分の出番が無い事を祈っているデレル8であって欲しいと思っています。
今回は、日記のようですみませんでした。
最後まで読んでいただき有難うございました。
次回をおたのしみに