物理セキュリティ考─暗証番号方式が抱える“構造的脆弱性”
介護施設において、元従業員が従業員専用の暗証番号を用いて施設内に侵入し、凶悪事件を引き起こすという痛ましい事件が発生しました。海外においても豪州・英国・米国などで、元従業員や解雇者が施設に不正侵入して、居室や共有スペースで物質的損害や人身的被害を与えたという事例は散見されます。
このような事件は、そのバックグラウンドより「内部犯行、もしくはそれに類する犯行」として見做されやすいですが、実際にはもっと深刻な問題を孕んでいます。暗証番号という“情報”が、悪意ある第三者に利用されれば、外部からの侵入──いわゆる「テロ行為」を許してしかねない「構造的な欠陥」を抱えているからです。

1.「内部犯行」では片づけられない本質的リスク
暗証番号方式は、簡便且つ導入コストの優位性から多くの施設で採用されています。しかし、番号さえ知っていれば誰でも侵入できるという構造は、その番号が漏れた瞬間に、内部者・外部者の区別が意味を失ってしまいます。──これは暗証番号システムの最大の弱点と言えるでしょう。
元従業員が退職後も番号を知っていたり、あるいは現役職員の誰かが不用意に番号をメモやチャットで共有していたりすれば、その情報は第三者の手に渡る可能性があります。
この構造的リスクは、単なる個人のモラルや管理意識の問題を超えたものです。すなわち、暗証番号自体が「共通鍵」として機能する設計上の脆弱性なのです。
情報漏えいによる不正侵入は、サイバー攻撃の世界では日常的に発生しています。物理的空間で同じことが起きれば、それは“サイバーテロ”ならぬ“フィジカルテロ”と言えます。暗証番号という「情報」一つで、施錠された空間が突破され、人命が危険に晒される現実を、私たちは直視しなければなりません。

2.暗証番号を使うなら、運用の徹底を
とは言え、構造的欠陥があるからと言って、既に運用されている施設でのセキュリティ方式を即座に変更したり、廃止したりすることは容易ではありません。
当面、暗証番号を継続利用する場合は、最低限の運用を徹底すべきです。
• 半年〜四半期ごとなど、定期的に番号を変更
• 入退職や異動時などの人的流動に合わせた番号管理の実施
• 入退出ログの保存と履歴の監査
• カードと暗証番号の併用など多要素認証の導入
これらを徹底してはじめて、暗証番号方式は「最低限の防御力」を維持できます。しかし、それでも「情報の共有」に依存する仕組みである限り、根本的な限界は残ります。

3. 本人性を担保する仕組みへの転換
そこで次に検討すべきは、カードリーダや生体認証(顔・指紋・虹彩など)による真正な本人認証です。これらは、情報を共有する仕組みではなく、「その人自身の存在」を鍵とする仕組みとなるため、より強固なセキュリティが期待できます。
• ICカード方式:カードの発行・失効管理が明確で、紛失時の即時無効化など柔軟な対応が可能
• 顔認証・指紋認証:本人以外では通過できないため、なりすましが極めて困難
• 多要素認証:カード+生体認証など、複合的に用いることで高い安全性を確保
これらの方式は導入コスト面で課題がありますが、不正侵入のリスクを構造的に排除できるという点で、暗証番号方式とは決定的に異なります。
とくに顔認証をはじめとする生体認証は非接触で衛生的という観点より、感染症対策を重視する病院や介護施設において注目を集めています。

虹彩/顔認証システム iA1000
米IrisID社の入退室管理向け生体認証装置。
生体認証の中でも高セキュリティと言われる虹彩情報と顔認証、さらにPINコード認証による多彩な認証方法が、セキュリティを担保します。
4.AI監視カメラによる「検知・抑止」の強化
さらに、昨今ではAI監視カメラによる映像解析技術を併用した総合的な防犯体制も一般的になっています。
AIが人物の動線を自動分析し、深夜の不審な出入りや通常とは異なる行動を検知した時点でアラートを発するシステムは、内部の職員、または施設利用者、外部からの不正侵入者を問わず「施設内での異常行動」を検知する第二の防壁を構築できます。介護や病院などの施設においては、入居者の徘徊や不正外出、転倒検知などのアラートを発することにより、業務負担の軽減にもつながります。
監視と記録の“見える化”は、職員のセキュリティ意識向上はもちろん、日常業務におけるサポート面でも効果の高い施策と言えます。

AIカラー警備カメラ IPS-NBR4249-Tioc-AIC
AIが人物や車両の侵入を検知して「音」と「光」で威嚇することで侵入者を抑止します。
Tiocバレットカメラ(IVSでの音と光デモ動画) IPS株式会社

5. 物理セキュリティによる「安全文化」づくり
セキュリティ対策は、設備投資だけでなく将来における投資です。
仮に暗証番号を漫然と使い続けた場合、安全面における対策の不十分さにとどまらず、内外のステークホルダーより「安全よりもコストを優先している」と見做されかねません。場合によっては、その施設やサービスの価値を低く見誤られる可能性もあります。
施設管理者をはじめ、関係者すべてに求められる、定期的な教育・訓練、模擬侵入テスト、職員間での情報共有ルールの徹底。これらの管理運用を通して、「安全文化」を根づかせることは、テロ防止のための我々の社会的責任と言えるでしょう。



