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[鍵・錠ものがたりー鍵・錠をめぐる歴史ばなし]第1話 何を守るための「鍵」か― 世界・歴史における「鍵」のあり方

鍵・錠ものがたりー鍵・錠をめぐる歴史ばなし

家、職場、宿泊先…私たちの生活のあらゆる場所に「鍵」が存在している。
銀色で先がギザギザとしているものがお馴染みだろう。この他にも、現代社会ではカードや、顔や指紋などの生体情報、英数字のパスワードやQRコードなど様々な形の鍵を目にする。
このコラムでは、日本を中心に鍵とその考え方の変化を追いながら、物理セキュリティの原点ともいえる「鍵」とは何か、新たな視点で探っていく。

人類の変わらない鍵への思い

人類の生活の上で、鍵・錠前は欠くことが出来ないものとなっている。なぜこれほどまでに浸透したのだろうか。その最大の理由は「防盗性能」だろう。財産を守るための「性能の向上」とその「努力の結晶」が「鍵」と「錠(錠前)」である。錠前は、「保全すべき富」が存在するとき必要になる。錠前には鍵が要り、鍵があることで錠前を解いて富に触れることが可能となる。このことより、鍵・錠前は「富と支配の象徴」を印象付けるアイテムになった。古代には富裕層のみ使用していた錠前・鍵は、時代が進むにつれ、一般に普及していった。それに伴い、技術面ではもちろん、装飾面でも発展を見せる。こうして鍵・錠前は、人類にとってこの「富や権威を守る大切なもの」という意識が根付いた。

「支配」の象徴

宗教の世界において鍵は古来、権威と支配の象徴とされている。
たとえば古代神話において、アッシリアではニニブ神が地上と天国の鍵を持っていた、という伝承がある。これに類似した神話・民話は世界各地に点在しており、鍵は「容易に訪ねることが難しい、異なる世界に入ることが出来る『力』として使われている。新約聖書の一節、マタイの福音書の中には「われ、天国の鍵を汝にあたえん、およそ汝が地にてつなぐ所は、天にもつなぎ、地にて解く所は天にても解くなり」という記述がある。今も鍵は宗教上の象徴として扱われている。

「家族」のあり方を守るもの―「家政権」「侍従」の象徴

「さあこれですっかりすみました。鍵はここに置いてまいります。家事の方は女中がよく心得ております。」

(『人形の家』竹下道雄訳、岩波文庫)

イプセン作の戯曲『人形の家』の一節である。
「日本初の歌う女優」と称された明治時代の女優、松井須磨子の出演した代表的な舞台作品だが、日本史の教科書や資料集など、このシーンを撮影した画像を一度は見たことがある人もいるかもしれない。
ヨーロッパにおいて、鍵は家政をつかさどる主婦、少しやわらかい言い方をすれば、「家を取り仕切る女性の所有するモノ」の象徴でもあった。登場人物であるノラが鍵を手放すこのシーンは、家政権を放棄する意思表示であり、家という縛られた環境から女性であるノラが開放される、という比喩も込められているとされている。かつてヨーロッパでは、婚姻時に夫から鍵を手渡される習慣があった。これは自らの家の日常の家庭生活を処理する権利を夫が嫁いできた妻に与える意味を持つ。離婚時にはこの権利を放棄する証明も兼ね、夫に鍵を返さなければならない。日本人に馴染みのある言い方をすると、「女性が夫の家に嫁いだ際に、夫の家から与えられるモノ」が「鍵」であり、これこそ女性が嫁いだ先の家の一員ということを示す、家族のあり方を守るモノだった、とも言える。
「家族のあり方を守るモノ」は、時代を経て、「家」から解放される女性を描き、近代の女性のあり方を示した戯曲の中で、女性を過去の概念に留めおく存在として描かれたのだ。
なお、こうした習慣はヨーロッパだけではなく、中国にも類似した習慣がある。こちらは金庫の施錠・開錠の権限を夫と同様に、妻も持ち得たと言われている。

これとは少し異なるが、ヨーロッパでもイギリス、帝政時代のロシアなど一部の地域では、貴族や名家の執事への権限の委託の為に鍵を渡す習慣があったと言われている。これは主君と侍従の信頼関係を示すものでもあり、先に述べた、嫁いできた女性へ渡される鍵と同様に帰属先を示す存在ではあるものの、先の「鍵」のようなはっきりとした「権利・権限の証明」というよりも「主家に信頼を寄せられている」という形式的な証明としての取り扱いが主とされていた。この「信頼の証」は執事だけにとどまらず、信任を得た医師、哲学者、芸術家にも与えられ、今で言うところの「スポンサーの証明」として与えられる場合もあったと言われている。

これまで長く人類の中にある「鍵」へのイメージについて書いてきた。
もちろん人類のアイデンティティの確立のためだけに使われたわけではない。現代の我々と同様、古代より物理セキュリティの1つとして運用されていた。その形跡は世界各地で出土された遺跡・史料でうかがうことが出来る。
その出土された史料から、紀元前より用途や規模によって「鍵」を通して「物理セキュリティ」の概念が根付いていたことがわかる。
本コラムでは「物理的に守るための鍵」を中心に、歴史の中におけるいくつかのエピソードを紹介していく。

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